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I was only joking

音楽・文学・映画・演劇など。アボカドベイビー。

『わたしは、ダニエル・ブレイク』は今年のベスト映画候補です

danielblake.jp

 

社会問題をテーマに取り込む作品は数多くあれど、ここまで真正面から政治的課題と向き合った映画も珍しいのではないか。ケン・ローチ監督『わたしは、ダニエル・ブレイク』は英国保守党の福祉、医療、教育分野への財政削減政策にストップをかけるという明確な政治的意図を持っている。

テーマ性の強さは映画やその他の表現にとって諸刃の剣となる。テーマを作品の中で活かすことでよりクオリティの高いものをクリエイトすることもできるし、逆に主題の強さに負けて作品の質の悪さが際立ってしまうこともある。人間が背負った重荷を克明に描いて人間存在の本質に迫る作品を作るには、より高度な藝術的技術が要求されるのだ。

『わたしは、ダニエル・ブレイク』のテイストは『戦火のかなた』『自転車泥棒』といったイタリアネオリアリズモ映画、市民が直面している現実をフィクショナルな解決なしに生々しく描いた作品群に近い。特にデ・シーカ『ウンベルト・D』は社会制度の変化によって収入源を失い、次第に追いつめられていく老人が主人公である点が本作と非常によく似ている。現代版『ウンベルト・D』という言い方もあながち間違いではない。

ウンベルト・D - Wikipedia

 

まず讃えられるべきはポール・ラヴァティの脚本だろう。ラヴァティは公共制度から助けをもらえず疲弊していく病持ちの老人ダニエル・ブレイク(デイヴ・ジョーンズ)と二児の親であるシングルマザー、ケイティ(ヘイリー・スクワイアーズ)との出会いを用意した。この二人の交流が、イングランドの抱える諸問題を覗き込むためのレンズの役割を果たす。ケイティはアパートの水漏れを管理人に告げたことで無理矢理立ち退きをくらい、仕方なくロンドンからニューキャッスルへ移ってきたという事情をダニエルに話すことで、報復的強制立ち退きの問題を観客は意識することにある。逆に、ダニエルはケイティ親子に心を許す中で妻を介護して死を見届けた過去を語り、介護・孤独死の問題がストーリーに浮上する。他にも売春・子供のいじめ・雇用年金省からの理不尽な制裁措置といったハードな現実が彼らのやりとりの中で立ち現れる。このように、社会問題を複層的に描き出ながら無理なく話を広げて、自然なかたちで結末に向かわせる脚本は実に見事。もちろん、心臓病にもかかわらず受給が受けられないという制度の矛盾とセーフティネットをあえて閉じるような官僚主義の異常さは物語の中心にがっしりと居座っている。

 

また、ロビー・ライアンによるカメラも非常に鋭い。ニューキャッスルの街中や図書館の様子を上空斜めから撮ったショットは、その中を歩くダニエルと一緒に多くの人々を映すなかで、老人の苦境を主観的に感情に寄って描写するのではなく、個人の数だけある現実のなかでダニエルの位置するところをきっちり見据えてその生き様を捉えようという意志の表明となっている。単純に画的にも美しい場面だ。ダニエルとケイティ親子の親密な繋がりも言葉ではなく、それぞれの表情や大工であるダニエルが作った木製の魚といったアイテムによって暗示する。この無駄のなさが素敵だ。ケイティの家のドアを直すときのダニエルの表情の生き生きとした真剣さはいいようもなく魅力的である。

 

本作はアクチュアルなテーマを前面に押し出しながら、撮影や脚本のテクニックを駆使して普遍的な魅力を獲得した傑作だ。映画のラストは決して希望に満ちたものではないしむしろ心痛むものだが、個人として生きることの尊厳を大らかに肯定してみせる映画としての在り方には確かな希望を感じた。また、ダニエルがニット帽をかぶりなおしてある大胆な行動を起こす一連のシーンには、ただでは折れないイギリス労働者階級のしたたかさが漲っている。イギリスの反骨精神とユーモアの伝統を感じさせる点でも非常に優れた作品だろう。必見。

 

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