I was only joking

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Jim O'rouke/Sleep Like It's Winterを1分ずつ聴く(0:00~1:00)

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Jim O'rouke(ジム・オルーク)が2018年にCDとBandcamp上で発表した一曲44分21秒の作品『Sleep Like It's Winter』は僕にとってこの年のベスト作品でした。それどころか、今までの人生で聴いた多くの作品のなかでも屈指のものだと思われるのですが、なにがすごいのかが全くわからない。アンビエントと形容されるにふさわしいこの作品のどこか特別なのか、何が他のアンビエント作品と異なるかがうまく説明できないのです。聴いているときのただごとじゃない感覚は一体なんなのか。どうすればその感覚の正体に迫れるのか。僕は相当に愚直で、おそらく邪道とも方法をとることにしました。

 

この曲を、1分ずつ聴いて言葉にしていく。

 

全体としての印象が曖昧なら、部分で分解していくしかない。一歩一歩(一分一分)少しずつ聴いていく。阿呆らしい気もしますが、とても贅沢な試みである気もします。

 

jimorourkenwm.bandcamp.com

 

ジムさんの説明もした方がいいんでしょうが、一部では非常に有名な人ですし、ここでは詳しい説明は省きます。1969年シカゴ生まれ、90年代から実験音楽電子音楽・ポップス・アメリカントラディショナルなどの多彩な作品を発表しており、21世紀に入ってからは日本に移住して活動しているミュージシャン、といったところでしょうか。2010年ごろ、ビルボード東京でのバート・バカラックのトリビュートコンサートがあった時にバンドリーダーをしていたのをよく覚えています。ジムがゲストの細野晴臣に「細野さんには灰野敬二さんと共演してもらいたい」と言って細野さんが苦笑していたのが印象的でした。細野晴臣灰野敬二の音楽を共に愛好しているところが、ジム・オルークの感性をよく表している気がします。

前口上はこのあたりにして、あとはほぼ文脈抜きで聴いてみようかと思います。

では、いきます。

 

 

再生ボタンを押すと、鳥の鳴き声のような音がわずかに聞こえてくる。そうと思った矢先に、キーーンと倍音豊かな音の響きが音量を上げて耳を塞ぎ、同時にギターのフィードバックのような音と低音のシンセサイザーっぽう持続音が鳴り出す。フィードバック音はd(レ)で、低い音はe(ミ)だ。この冒頭10秒あまりで、冬の印象が与えられるのは何故なのか。タイトルに引っ張られているだけか。しかし、高音の響きが氷の鋭い冷たさを思い起こさせるのは確かだ。ディストーションやファズのかかったギターソロがしばし熱さを連想させることがあるように(例えばファンカデリックにおけるエディ・ヘイゼル)、レゲエのリズムが常夏の気候を想起させるように、冷たさの印象を聴く者に与える音も存在する。『Sleep Like It's Winter』の冒頭10秒の音楽は間違いなく「冷たい」。キーンという音が鳴る前のおよそ3秒間に聞こえる自然音ともシンセ音ともとれる「さわさわ」した音からは冷たさはまだ感じれらない。やはり、甲高い音が冷たさを私に宿すらしい。この音の音量が上昇していく感じは、アイスクリームを一気に口に入れた時にやってくる頭がツーーンと痛む感じにとてもよく似ている。耳キーーンと頭ツーーンの相似形。どうやら「似ている」ということに、「冷たさ」の理由はありそうだ。しかし、このまま「冷たさ」の理由を考え続けるのは泥沼の予感がする。先に進もう。

この「キーーン」音は10秒ほどで消える。低音のドローンはまだ持続していて、そこに高音だが先ほどよりは少し低い、虫の鳴き声に似た笛のような音が鳴り出す。そのあとで更にフィードバック音が加わり、開始30秒で持続音のオーケストラのような状況になる。少し落ち着いた38秒あたりでgの低音シンセ、さらに鐘の音のような打音が二つ、b♭とaが鳴る。直後に少し音量を下げて同じ音色のf。この鐘の音のようなサウンドも氷を叩いた時の音を思い出させる。メロディのはっきりしないバックグラウンドのサウンドも一様ではない。そのことがわかるのが45〜50秒あたり。水をオールで漕ぐような音と、森の中で虫が鳴いている音が分離して聞こえている。この後に、更に冒頭と同じような高音域でのフィードバック音。一瞬「ポーォワ」という可愛い音が聞こえて、そのあとで鍵盤らしき音でeとaが鳴る。鍵盤の残響と冷たいフィードバックが響いたままの状態。ここで1分が経過する。

 

ひとまず、一分までいった。ここまでのことでわかることをまとめよう。

・「冷たさ」を想起する音が散りばめられている

・ギターのフィードバックのような音(楽器をやっていない人は「やかんが沸騰した音」を想像してもいい)が何度も現れては消えて、更に現れる。

・聞き取れるだけで5種類の音色が使い分けられており、音程も別。今のところ、全くもって反復的ではない。

 

ブライアン・イーノをはじめとするアンビエント・ミュージックの多くは、反復をもとに作られている。反復に気づかない程度のさりげなさで差異を含ませる。それがアンビエントの基本的な構成だ。対して、『Sleep Like It's Winter』の音が現れては消える様は反復ではない。変化し続けている。しかしながら、劇的な変化という印象も受けない。むしろ、反復していないのに反復しているように聞こえる。この感じは何なのだろう。ひとまず、先を聴いてみよう。(つづく)