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映画『新聞記者』には骨がない

『新聞記者』という映画がストレートな現政権批判を行なっていてなかなか面白いという噂だったので、映画館で観てみました。

 

shimbunkisha.jp

 

結論を言うと、全く面白くなくて、非常に辛かった。

 

理由は主に三点にまとめられます。(ネタバレしてます)

 

・とにかく映像の作りに快楽がない。

顔アップだらけで情動過多、光/闇の象徴的な対比以外何も伝わってこない情報過少。編集室でシム・ウンギュンを追いかけるカメラの不安定さと橋・携帯電話の連携シーン以外に見るべき撮影や編集がないし、細部の反復や積み重ねがドラマを形成するわけでもない。カット割りすぎで運動性はないし、カットでテンポを生むこともしていない。本当につまらない画作りなのである。後半の、新聞の輪転機の動きと人の動きを活かす撮り方とかもっとありそうなものだが・・・。

さて、映画特有の楽しみがないとなると、ストーリーを追いかけるしかないわけですが・・・

 

・話に意外性や発見がない。主人公たちの行動が幼稚でしんどい。

この映画の登場人物たちは「羊の絵の書かれた文書」の謎を解くというミッションを追っているわけだが、この文書に関する謎があまりに想定通りで意外性が全くなく、驚きも全くなく、ドラマとしての快楽も皆無。「お、そうくるか」というひらめきがないのに「謎」を作ること自体が「謎」である。

もっときついのが人物造形で、松坂桃李演じる若手官僚とシム・ウンギュン演じる新聞記者が本作の主人公なのだが、この二人が幼稚なほどに直情的。駆け引きの一切ない直接的な質問しかできないし、その直情さが何の効果を生み出すわけでもない。いきなり「大学で生物兵器を作るんですか?」と聞かれて良い回答が得られるわけもないし、内心を隠さずいちいち上司につっかかってたら向こうが先に対策を練っちゃうだろ。そもそも相手側が有利なのに。本当にやることなすこと戦略がないのである。(完全にネタバレだけど)先輩の部屋にあった文書を発見するまでに時間かかりすぎだし、そのあとの公表も無策。根性とトラウマだけで頑張ってもそりゃ失敗するに決まってます。

映像の喜びがない状態で、何の術もなく反抗する幼稚官僚男の身勝手さと鈍重な取材とツイートを繰り返す新聞記者の無神経ぶりに付き合わされる。この時点で相当この映画が嫌いなのだけど、ダメ押しがあった。

 

・男に都合の良すぎる脚本の連続。

「男は仕事をする、女はそれに立ち入らない」という凝り固まった価値観が二つの家庭を支配している。主人公の家庭と、主人公の自殺した元上司の家庭はともに「男の仕事には口を出さない」と言う価値観を身につけていて、結果的に重要文書の発見はそれで遅れている。(上司の妻役の西田尚美の泣き演技にはかなり冷めるものがある)

さらに、松坂とシムの初顔合わせシーンでは、シムに助けられたにも関わらず松坂は「きみ」と呼び捨てで高圧的に声をかけ、最後までその関係性を問題視する描写はない。松坂は終始苦悩しつつ偉そうである。

加えて、松坂は本田翼演じる妊娠中の妻が破水して大変な時に連絡に気づかず、そのことを悔やむのだが、だからと言って彼に何らかの罰が与えられるわけでもない。仕事の悩みも妻への申し訳なさも口にできない弱り切った夫に対して出産直後の美しい妻が無条件で「大丈夫だよ」という許しを与える。夫婦の関係はこれで一件落着のご様子である。夫は赤ん坊を気にかけず、引き続き仕事だけに集中すればいいようだ。

このように、複数の点で厚顔無恥な男に都合の良すぎる脚本の連続なわけです。セカンドレイプやセクハラを題材の一部にしているのに、ここまでフェミニスティックな視点に欠けているって片手落ちもいいところじゃないか?家父長的価値観の押し付けを無意識にやっているところを、政権批判映画としてこの映画を褒めている人はどのように考えているのだろうか?

 

と言うわけで、映像はダメ、人物造形もできてない、しかも男尊女卑的な表現が連発というわけで僕は完全にダメでした。この映画を製作するのにどんな大変さがあったかは知らないが、いくら体制批判をしたところでセンスのかけらもない映画に同情の余地はない。骨のある映画と聞いていたのに、あまりにスカスカでマジにがっかりした。
ただ、多くを語らない田中哲司の顔に軽率で顔色のかわりやすい松坂桃李が負けるアイロニカルな顔面映画として観るならおもしろいのかもしれない。しかし、勇壮な音楽とスローモーションは鑑賞の多様性を許さないようです。だったらもうしょうがない。こういう映画こそ表現の力を舐めていると断言せざるを得ない。

 

あまり批判的なことを言っても仕方ないしカッコ悪いとも思ったんですが、褒めている人が多すぎてドン引きだったのでバランス取りたくなってしまいました。

 

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